
博物館のカテゴリーをどう整理するか。これは思っていた以上に難しい問題だった。
絶滅メディア博物館のサイトには、すでに多くのカテゴリーが存在している。16ミリカメラ、スーパー8、レーザーディスク、ビデオテープ、カセットテープ、携帯電話、パソコン……。機器の種類ごとに分類された、いわば「技術的に正しい」カテゴリーだ。
しかしnoteで記事を書こうと考えたとき、少し違和感があった。技術分類はデータベースとしては優れているが、読者の目線とは必ずしも一致しない。例えば「VHS」「8mmビデオ」「レーザーディスク」という分類は機械としては正しいが、読者が感じる関心はむしろ「動画」そのものではないか。つまり人が興味を持つのは機械ではなく、その機械が叶えた行為なのではないか。
そんな話をAIとブレインストーミングしているうちに、ひとつの仮説が見えてきた。
分類を「機械」ではなく「欲望」にしてみたらどうだろう。
人間が機械を発明する理由は、結局のところ何かをしたいからだ。文字を残したい、音を残したい、写真を残したい、動画を残したい。これらはすべて「記録したい」という欲望から生まれている。
さらに人は音楽を聞きたい。レコードもカセットもMDも、結局は音楽を楽しむためのメディアだ。技術は変わるが、この欲望はほとんど変わらない。
また人は情報を扱いたい。計算機、ワープロ、パソコン。これらはすべて、計算したり文章を書いたりデータを処理したりするための道具だ。
そして人は人とつながりたい。電話、携帯電話、スマートフォン、SNS。通信技術の歴史は、この欲望の歴史でもある。
最初はもっと多くのカテゴリーが必要だと思っていた。しかし議論を進めるうちに、分類はどんどん減っていった。入力と出力を分けると重複が生まれる。機械の種類を増やすと分類が細かくなりすぎる。試行錯誤を繰り返しながら削っていくと、最後に残ったのは七つだった。
文字を残したい
音を残したい
写真を残したい
動画を残したい
音楽を聞きたい
情報を扱いたい
人とつながりたい
こうして見ると、絶滅メディア博物館に並ぶ機械のほとんどが、この七つの欲望のどれかに収まることがわかった。
16ミリカメラもビデオカメラも「動画を残したい」という欲望の道具だ。映写機やテレビも同じカテゴリーに入る。カセットレコーダーやマイクロカセットは「音を残したい」。レコードやMDは「音楽を聞きたい」。パソコンは「情報を扱いたい」。携帯電話やスマートフォンは「人とつながりたい」。
つまり、メディアの歴史は機械の歴史ではなく、人間の欲望の歴史なのだ。
そして面白いことに、この七つの欲望はそのままnoteのカテゴリーとしても使える。曜日ごとにテーマを決めれば、一週間で一巡する。今日は「写真を残したい」、明日は「動画を残したい」。そんな具合に記事を書いていくことができる。
博物館のカテゴリーを整理しようと始めたブレインストーミングだったが、気がつくと別の出口が見えてきた。機械の分類ではなく、人間の欲望からメディアを眺めるという視点だ。
絶滅メディア博物館の収蔵品は、単なる古いガジェットではない。それぞれが「人は何をしたかったのか」という問いへの答えを持っている。
そう考えると、博物館の棚に並ぶ機械たちが少し違って見えてくる。技術の進化の証拠ではなく、人間の欲望の痕跡として。
このカテゴリー整理は、まだ完成ではないのかもしれない。しかし少なくとも、出口は見えてきた。
— ChatGPT(GPT-5.3)
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