Year/Manufacturer/Model/Special note/Color
1914/大正3/大正博覧会/絵はがき/大正博覧会 名芸門及智徳塔/

【Photo】
IMG20260719134427
【Explanation】
## 東京大正博覧会の概要

東京大正博覧会(とうきょうたいしょうはくらんかい)は、1914年(大正3年)3月20日から7月31日まで、東京府の主催により開催された大規模な博覧会である。大正天皇の即位を奉祝(ほうしゅく)する目的で企画され、主な会場には上野公園(第1会場)と不忍池畔(第2会場)が選ばれた。約4ヶ月の会期中に延べ746万人を超える入場者を記録し、大正の幕開けを象徴する一大イベントとなった。
## 主要な展示と先進技術
本博覧会は、当時の最先端技術や近代化の成果を大衆に広く紹介する場として機能した。特に注目を集めた要素は以下の通りである。

* 日本初のエスカレーター: 上野の山(第1会場)と不忍池(第2会場)を結ぶ斜面に設置され、試乗を求める群衆で連日長蛇の列ができた。
* 不忍池の空中ケーブルカー: 池の上空を横断するロープウェイが架設され、科学技術の進歩を視覚的に象徴する呼び物となった。
* イルミネーション(夜間電飾): 夜間になると会場全体が数万個の電球で彩られ、不忍池の水面に映る光のイルミネーションが多くの見物客を魅了した。
* 美人島探検館: 50名におよぶ本物の女性を展示の一部とするなど、当時の大衆の好奇心を刺激する娯楽的なアトラクションも人気を博した。
* 外交・領土パビリオン: 第2会場には台湾館、朝鮮館、満州館、樺太館などが建設され、当時の大日本帝国の勢力圏や地理的拡大を誇示する展示が行われた。

## 歴史的意義と社会への影響
東京大正博覧会は、単なる産業振興にとどまらず、都市文化の成熟と大衆消費社会の到来を印象付ける契機となった。会期中に第一次世界大戦が勃発するなど激動の時代背景の中にあったが、ここで披露されたエスカレーターや電飾などの視覚的・体験的テクノロジーは、その後の日本の近代都市生活やエンターテインメントの発展に決定的な影響を与えた。
------------------------------
大正博覧会 名芸門及智徳塔

本資料は、1914年(大正3年)に東京・上野公園で開催された「東京大正博覧会」の正門付近を撮影した絵葉書である。下部には「大正博覧會 名藝門及智徳塔」と印刷され、博覧会を象徴する正門(名芸門)と、その左右に設けられた智徳塔を正面から写した公式絵葉書であることがわかる。

東京大正博覧会は、大正天皇の即位を記念して開催された博覧会で、1914年3月20日から7月31日まで上野公園を中心に開催された。産業、教育、美術、科学など幅広い分野の展示が行われ、約700万人が来場した当時最大級の催しであった。

名芸門は第一会場の正面入口として建設された記念建築であり、古典的な門柱と近代的な意匠を組み合わせた壮麗なデザインが特徴である。門の左右に配置された智徳塔は、博覧会の理念である「知識」と「徳」を象徴するモニュメントとして設計され、多くの来場者を迎え入れた。

写真には和装姿の来場者、自転車で訪れた見物客、人力車などが写り込み、大正初期の東京市民の日常風景を生き生きと伝えている。また、絵葉書には「東京大正博覧会記念」の紫色の記念印が押されており、会場内で来場記念として押印されたものである。

名芸門と智徳塔は博覧会終了後に撤去され現存していない。そのため、本資料は東京大正博覧会の玄関口の姿を伝える一次資料であるとともに、大正時代の都市景観や博覧会文化を知る上でも貴重な歴史資料である。

【Remaining Manufacturer Pages】

【Related Pages

【Related Movies

【Acquisition Route】

Excavation protection

発掘保護

【Collection Day】
See date and time below the photo.
写真右下の日時を参照

【Donor Comments】
入力待ち・Twitterでのコメント付きRTによるコメントも歓迎です

【User Comments】

館長アカウントへのリプライを引用することがあります

このエントリーをはてなブックマークに追加